訳者あとがき

 

 

人生の中で、自分と同じ考えを持っている人(同志)に会う時がある。

それは本にうれしいことだ。

ファヨン牧師が本書を執筆することになったのは『地獄へ行くクリスチャン』という題の本を読んだことがきっかけだと語ったが、者がこの本を翻することになった動機も同じだ。

私は大1年の時、韓国CCC(キャンパス・クルセード・フォー・クライスト)の夏のキャンプに加して、誰かが読んでくれた福音=『4つの法則』を通して、イエス様を受け入れて救いを得た。

その時から私は救いの確信を持って、周りの人に福音をえたが、実際、周りには救いの確信を持たないまま信仰生活をするクリスチャンが多かった。

恐れおののいて自分の救いを達成するように努めなさい」、「行いない信仰では救われることができない」のような聖書の難解箇所を根に、律法主義をえながらクリスチャンの救いの確信を揺るがす牧師、神者の影響があったからだと思われる。

彼らの理論に反論するのは、簡単なことではなかった。私自身は救いの確信をはっきりと持っていたが、救いの確信を持ってない信者たちに聖書の難解箇所を明快に明しながら救いの確信を持たせるのは容易ではなかった。

山上の垂訓を守ってこそ天国へ行く、律法を守ってこそ救いを得るという律法主義が盛んに唱えられ、ついには『地獄へ行くクリスチャン』という本まで発売された。

私はその本の題だけを見て怒りを感じた。

私が今まで聖書を通して学んだことは、ただ「恵み」だけで救いを得るということなのに、すでに救われたクリスチャンが、神の御言葉通り善い行いをしなければ地獄へ行くことになるのか?

 

そんな時、インタネットを通してイファヨン牧師の救済論に出会った。

私はとても感激した。

ファヨン牧師は、神が下さる知恵と熱意を持って、聖書の難解箇所を明快に解して本を書いた。

私は、イファヨン牧師の力著『これが救いだ』はカトリック神学者はもちろん宗改革者たちの不完全な救済論を改革した本だと思う。

この本を熟する人は救済論にする正しい理解を持つようになり、救いの確信、天国への希望を持つことになるだろう。

また、天の賞にする確信を持つことであろう。

表紙のは、救いを受けるために努力する(走って行く)クリスチャンを表したではない。

の賞を目指して走って行くクリスチャンの姿である。

『地獄へ行くクリスチャン』なんて、はたしているのだろうか?

この本をんだ者であれば、このように答えるだろう。

『地獄へ行くクリスチャン』はいない。ただ賞を失ってしまうクリスチャンがいるだけだ。

この本を翻した私の祈りの課題は次のとおりである。

日本のすべての教会の講壇で、この本の(救済論)が語られることだ。

小さい本だが、この本によって日本の教会から、神様の教会に忠誠を尽くし奉仕する多くのき人が起こされるよう、また福音をえる美しい道者がたくさん起こされるように心から祈る。

 

 

013年月                 李 元培