ヤコブの手紙 1:2~12      

私たちはキリストを救い主として信じ、罪から救われ、永遠のいのちをいただき、新しい歩みがスタートします。

けれども、信仰生活においては、何の苦しみもない、快適な生活が待っている訳ではなく、いろんな戦い(試練)があるのです。

ヤコブは、さまざまな試練を「この上もない」喜びと思いなさいと命じます。

なぜ試練をこの上もない喜びと言えるのでしょうか。

それは、「信仰がためされると忍耐が生じる」からです。

試練とは、私たちの信仰が試されることです。

ですから、試練は何の意味もなく訪れるのではなく、また、ただ私たちを苦しめるだけのものでもありません。

試練は神さまの主権の下にあり、神さまが私たちの信仰をためしておられるゆえに意味あるものなのです。

4節には、「その忍耐を完全に働かせなさい」と命じられています。

人が自分の意志で忍耐を働かせることが求められています。

これは受け身ではなく主体的な行為です。

忍耐を働かせた結果、その人は「何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります」。

一言で言えば、「霊的に成熟した者になる」ということができます。

試練に耐える人には神さまからの報い(いのちの冠)があります(12節)。

試練の背後におられる神さまに目を留めて、試練を喜ぶ者でありたいと願います。